ハナヨウヒン 民藝 用の美
その他

用の美に見えるもの

用の美とは美術品や、観賞用の工藝品にはない、「暮らしの中で実用されるものの中に宿る美」のこと。民藝とも言い、一つの美学。


私は10代の終わり頃、ファッション通信という大内順子さんが出ている番組を毎週楽しみにしていた。


山と畑に囲まれた田舎で、パリコレや東京の今をファッションを通して見る喜び。何故だか分からないが服への関心は高まる一方。


その中でも心を打たれたのは、歩く度にドレーブが美しく揺れるシンプルなドレスや、肩と襟の洗練されたカットラインなど、服を形作る根本的な要素の美しさ。


洋服の源を物語り、それに忠実であろうとするオートクチュールに強い関心を抱いた。その数年後、立体裁断ようのボディを購入し、自分でも服作りを始めた。


前衛的なモードデザイナーがつくるファッションは、一つの表現だと私は考える。芸術としてではなく、服として何を表現出来るかというところで、他にない唯一無二なものが生まれる。


しかし今も私が心を惹かれるのはやはりリアルクローズ(リアルに着るための服)。


なぜ民藝からファッションの話に、と思われるかもしれませんが、私の中ではまったく繋がっている。
立体裁断で大人用の服を作っていたのが今から約15年前。その頃とそれ以前につくったものは、今一つも残っておらず、全て処分するか手放した。何故なら作り終えたものは、自分にとって既に過去だから。過去に執着する気があまりなく、こうしてまたこじんまりものづくりを始めた。


大人の服を作る時に一番大切にしたことは、着る人が引き立つこと。


首やデコルテ、手首の見え方やラインまで、着る人の持つ個性や魅力が引き出される事が最も大切と考えた。
気を衒ってもいないし派手でもない。


服は人が着て動くからこそ、初めて服そのものの美しさが現れる。私の服に対する想いや考え方と「用の美」を提唱する民藝が、私の中で共鳴した。

民藝の父と言われる柳宗悦は、著書「民藝とは何か」の中でこう言っています。


「誰もが異常な世界から、異常なものが生まれてくると考えています。だが民藝品は私達に何を告げているでしょうか。通常なものから、異常な美が出ることを明示してくれるのです。あの普通とか平凡とか蔑まれるその世界に、かえって、美が宿されていることを物語ってくれるのです。通常の世界でなくば、深い美が現れ難いこと。


読者のあるものは到底このことを信じ難いでしょう。

だが私はこう云いましょう。


もし初期の茶器があの平凡な民藝品でなかったら、あの非凡な大名物にはならなかったと。
一般の人々は非凡なもののみが偉大であると思うほど、平凡になっているのです」

ハナヨウヒン  柳 宗悦


いつからだったか覚えてないが、この考えに共鳴した私は、作品に民藝の布を使うようになった。


写真のバッグに使われている刺し子の布は、福島の月館という場所で職人さんが苦心の果てに生み出した「刺し子織り」という布。刺し子織り職人である大槻さんは、民藝運動の流れを持つ師匠から「誰にも作れないものを作ってみろ」と言われたといいます。


その言葉を受け、とんでもない努力の果てに、生地を織りながら刺し子を同時に刺していく機械を作り上げました。この布を織るのは今日本で一ヶ所だけ。手で調子を整えつつ機械と一緒に織るこの布は、1時間に1メートルしか織ることが出来ないそうです。そしてとても柔らかく品とモダンさえ感じられます。


刺し子は元々、昔の人が少ない布を補強するために生み出したもの。
刺し子って東北の伝統工芸でしょう?という(確かにそうだけど)、昔ながらの日本の文化と、今の私たちが見聞きするカルチャーの間にある”溝”に、私は何か知らないですが悲しみを感じてやまない。


日本を代表する染色家、柚木弥沙郎さんが初めて個展を開いた銀座のお店の方が、伺った際にこう仰った。


「私たちは無理にこういうものを売りたいとは思っていないんですよ。時代が変わりましたからね」


放っておけば消えていくものがかけがえのないものならば、私は一人でもそれを尊び続ける。誰にも気付かれない所で、かけがえのないものたちがまだまだ息付いている。それらを誰にも気付かれないようなところで作品に取り入れる。これは私なりの消費社会に対するアンチノーぜでもある。


かわいいと言って購入してくださるだけで幸せですが、その中にはこんな想いもあったりする。


「これはどういった経緯で作られたのですか?」と、尋ねてくれる方がもしいらっしゃったら、喜んでお話しさせてください。

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