ハナヨウヒン クボメグミ
映画

ファンタジー

2025年はいつにもまして変化の多い一年だった。

1月末にHERME◻︎を辞め、時給1200円の片道1時間半かかる古着のバイヤーのアルバイトを始めて一通り業務を覚えた頃Cartie◻︎に転職した。

プライベートな活動では映像とZINEをつくり本屋さんに置かせていただき、服やぬいぐるみや写真を心の赴くままに制作した。

Cartie◻︎に転職してまず感じたこと。それはHERME◻︎への皆の関心の高さ。

どうやら枕詞に(天下の〜)と付けてしまうぐらいの立ち位置であるらしい。

色々聞かれるたびにわたしもホイホイ答えていたけど、(あれ、これってもしや競合の機密情報に当たるのでは?)と後から思う。相変わらずアホだと思う。

まあゆうて、ブランドからブランドへ渡り歩いてる人ばかりの世界なので、機密もなにも正直無いようなもの。今の職場でもHERME◻︎で一緒に仕事をした人と同僚だった人が(あの人素敵ですよねー)なんて話をしたり。きっと色んなことがツーツーなのだろう。わたしのこともツーツーなのが何となく分かる。逆に転職繰り返してるアラフィフを怪しむ人には丁度いいかもしれないが。

しかし、HERME◻︎がどうのCartie◻︎がどうのという話をする度に、自分から遠く離れたところで小鳥がチーチー囀っているような、なんとも言えない非現実感を感じる。

これはなぜ皆がそんなに関心を寄せるのか分からないものに対する、個人的な嫌悪感から来ている。

一時期サブカル女子というワードで酷く歪められてた気もするが、普通に自分の基準でものごとを選びたいってだけ。

興味のないものに興味を持てというのはもはや精神的な拷問であるし、給食で出てくるパサパサのコッペパンを無理やり牛乳で流し込むのと同じこと。

「先生このパン不味いしパサパサでとても食べられません」

と正直に言える空気を作れない責任は大人にあるが

「このブランド別に好きじゃないけどキャリアに有用なので選びました」

と正直に言ったら普通に面接は落ちる。

大人の汚い部分を最大限に用いるのが面接。面接なんて所詮ただの化かし合いである。

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自分の適正を見極め損ねてきたわたしが言うのもなんだけど、これだけは言いたい。

そもそも仕事は誰かの役に立つためにするもの。努力が必要になるならそれをするのは当たり前。「どうやったらHERME◻︎に入れるの?」と聞かれたりしたけど本当にただの偶然でしかない。偶然で入れた場所がたまたま天下を取っていたおかげで、今の私には天下シールドがかかっているらしい。いつまで有効なのか知らないけど・・・

私にとって仕事とはファンタジーだ。

それなくてはとてもじゃないけど成し得ない。

決まった時間に電車に乗り、同じような人と同じように仕事をし時間になったら帰宅する。もし、仕事を作業としか見ない役と、1日を自由に演じられる役があるとしたら、あなたはどちらを演じたい?

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