
Around me epilogue
書くのをやめようかと思ったのだけど、自分の言葉で伝えるのは大事だと思ったので書くことにする。(前回はこちら)
今回ZINEで撮影のロケーションに決めたのは明治神宮外苑。ご存知の人も多いかもしれないが、ここは少し前から明治神宮と大手の土地開発事業者が中心となって、今まさに再開発が行われている場所でもある。
再開発の何が悪いの?建物も新しくなって生活が楽しくなるのでは?と、20代のわたしなら思っただろう。以前は話題のスポットができたと聞けばいち早く行きたくなってしまうミーハー女だったし(今もかもしれない)携帯などのデバイスも早いうちに手に入れては一人浮かれていた時期もある。
もとが田舎育ちなので、自然を感じられない東京には未だに馴染めない。反面、ここに自分の居場所を求めてやってきた人たちの野心と孤独なスタンスがわたしは好きだ。

明治神宮外苑にはこれまで特に思い出もなかったのだけど、この再開発計画が、言ってしまえばとってもダサいものであることを故坂本龍一氏が明るみにしたことで住民と世間が耳を傾け始め、ユネスコまでこの計画を中止にするよう求めるヘリテージアラートを出した。しかし、都も業者もなんだかんだと言って耳を傾けていない。世界を敵に回してでもこのプロジェクトを遂行しなければ地球が滅亡してしまうなら話は解るが、どちらかというと地球を滅亡させるダークサイドの匂いがプンプンする。
Netflixオリジナルドラマ「梨泰院クラス」の中で主人公のパクセロイがこう言うセリフがある。「あと6年は耐える。俺の計画は15年がかりだ」(気になる方は観てください)と。この神宮外苑の森は実に、150年がかりで計画されたものなのだそうだ。(図参照)その背景と歴史を知ったとき、これは時代を跨ぐ一大アートプロジェクトだとわたしも心から思ったし感銘を受けた。

時間をかけて育まれる生態系の素晴らしさ。見えない微生物やその他の小さな命。最初は人の手で植えられた木が、時間と共に人の手を離れてそれぞれの世界を築いていく。誰にも気に留められなくとも自然は自然であろうとし私たちと同じ命を持ってる。
その森をバッサリ切って、コンクリートの高層ビルをまた建てるの?正直もう要らなくないか?というかなんでここなわけ?と言うのが率直なところだ。似たような建物にまた似たようなテナントが入って似たような人の流れができるだけだろう。あーつまんないことするなー。カッコ悪いなー。
そんなわけで、前回作ったZINEは明治神宮外苑の国立競技場の写真を一枚載せた。こうして伝えないと誰も知りもしないと思う。だから書いてる。今回のZINEでも同じ場所で撮影した。モデルをお願いした川崎さんにはそれとなくそんな話をした気がするけど、彼がそれをどう感じるかは彼の自由だしわたしはシンプルにここで川崎さんの表現力、美しさを切り取りたかった。それだけだ。

2年ぐらい前に新宿駅の東口で再生エネルギーを増やそうよ集会(何と言っていいのかしら)があってそこにアーティストの青葉市子さんが参加していた。わたしはその時少しメンタルが弱っていて(何故かは覚えていない)青葉さんの歌をすぐ目の前で聴いているうちにまた涙が出た。その後、少しお話させていただけたのだけど「歌も服もこういう場所もやっぱりみんな繋がってると思います」とわたしが青葉さんに言うと「そうですね。みんな一緒ですよね」と言ってフランクに会話してくれた。

公園で寛いだり、コーヒーを飲んだり、美味しいものを食べたり、洋服を選んだり、音楽を聴いたりすることの中に共通して欠かせないものを挙げるとしたら、それはやはり感性なのだろう。
ものごとをただ消費するのではなく一つ一つを最小体験と感じられるならそれはとっても豊かなこと。自分を取り巻くものを切り離さないまま天気がいいこともごはんが美味しいことも、悲しいことも嬉しいことも自分だけのオリジナルストーリーとしてなるべく興味を持って、丁寧に向き合って生きていきたい。
一度の撮影とSNSでのコミュニケーション。たぶん人と人の間には、それよりも大切なものがあるのです。それはわたしの体を離れて4月の薄曇りのように、都会のスモッグのようにシャドウとなって、ここにいます。
最後に。作品づくりに協力してくれた川崎晃さんへ。
素晴らしい表現を本当にありがとう。

